「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」を意訳した話

最愛なるあなたよ ぼくを傷つけるなんて
ひどいじゃないか 置き去りにするなんて
愛こそが全てさ わからないの
戻って来ておくれ お願いだから
ぼくの前から消えないで
あなたへの募る想いを わかっておくれ

最愛なるあなたよ 行かないで
ぼくの心を奪っておいて いなくなるなんて
ずっと一緒にいたいんだ わかるだろう
帰って来ておくれ お願いだから
ぼくの前から消えないで
あなたがどれほど大切な人なのか ぼくにはわかるんだ


やがてこの嵐は過ぎ去り
全ては思い出になるだろう
覚えておいて
たとえ時が2人を引き裂こうとも
ぼくはあなたを離さない
愛しているよ ずっとずっと


もう待ちきれないよ お願いだから
どうかどこにも行かないで
あなたのいない世界なんて
なんの意味も無いのだから

最愛なるあなたよ ずっと一緒にいよう
ふーぅ いえぇぇ〜い






 直訳と意訳の間くらいを目論んでいたのだが、ほぼ意訳になってしまった。私が翻訳するといつもこうなるのよね。

 英語の歌を日本語訳している人って数多いるんだけど、どうも二通りに別れるようだ。ひとつは英語ネイティブで自分の好きな歌の意味を広く知って欲しくて和訳している人。もうひとつは歌が好きで歌詞に興味があり英語得意なので和訳している人。どちらかだと思うんだけど、残念ながらこの曲に関しては良い翻訳に行き当たらなかった。詩としてどころか文章として成り立っていないものばかりだったんだ。そもそも多かれ少なかれ意訳しなければならないのだから、日本語で詩を書いたことがなければ駄目なんじゃなかろうか。

 みんな大好き「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」だが、この曲の歌詞のピークはどこか。どの言葉が最重要なのか。それは 

I still love you  I still love you 

と2度繰り返すところだ。それ以前の言葉は全てここに向かって書かれている。

 この曲は明快な失恋ソングで2コーラス目までは(今では大っぴらに使えない表現ですが)女々しい嘆き節で占められている。去って行った人(フレディの場合女性とは限りませんが)に対して嘆き、だらだらと懇願しているだけだ。それが変わるのは間奏に入る手前の部分で、そこで初めて「ぼく」は主体的になる。原典ではそれ以前に言葉を繰り返しているが、翻訳ではここで初めて「ずっと ずっと」と繰り返しを使って強調している。ここがピークだからね。
 そして間奏後も「もう」「どうか」を使い、想いを強調してから「あなたのいない世界なんて なんの意味もないのだから」と完全に原典から離れて更に強い表現を使った。最後の「ふーぅ いえぇぇ〜い」は直訳だ。

 歌を編曲するには歌詞の把握が必要だ。これがないからサビのカンタービレしたいところがブツブツの途切れ途切れな編曲が出来てしまうのだろう。歌詞のない器楽曲ギター曲でも、どこにピークがあってその前後をどう表すべきかを考えなければ、均一な音色の均一な演奏が出来上がってしまう。弾くだけが目的ならそれでも構わないが、音楽したいのなら論外だ。私の『クラシックギターで弾きたかった歌』シリーズはこれまでに心震わされたエモい歌たちを採り上げるのでそんなことは起きようもないが、「歌」を弾くのなら何語で書かれていようとも歌詞の把握は絶対だ。

 心に響く翻訳を見つけたら動画に使わせてもらおうかと考えていたのだが(許可を得た上でですが)自ら手を下すこととなった。出来上がった私の日本語訳が最良だとはこれっぽっちも思っていませんが、翻訳機の直訳よりは英詩に込められた想いが届けばなと願うばかりだ。




 編曲は完了してただいま煮込み中。近々録画予定だが、どうなることやら。



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